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猫麿の校正/ギター日記

仕事(校正業)、趣味のギターについての日記。

フリクションと商印校正

 エディタースクールでは、講師から「フリクションは禁止」と言われていた。理由は明快で、「鉛筆書きを消したときに一緒に消えてしまうかもしれないから」ということだった。

 ところが、現在仕事で使う赤ペンはほぼフリクションである。ゲルインキの赤ペンを使うのは、「フリクション禁止」と言われたとき(滅多にない)やこちらで消せないペンで書いた方がいいと判断したときだけである。むしろ、「赤字はフリクションでお願いします」と言われたときの方が多い。 

 なぜこういうことになるのか。その要因は恐らく、商印校正の仕事の流れにある。商印校正においては、商業印刷物(カタログ等)を作りたい会社が印刷会社等に編集を発注し、更に印刷会社等の発注で制作会社が組版を行い校正会社が校正を行うというのが大まかな仕事の流れである。つまり、校正者が入れた赤字は、まず印刷会社等の編集担当者(ディレクター)によって妥当かを判断されるのだ。もし妥当ではない赤字があれば、それは消してから先方に提出する必要がある。これこそが、商印校正ではフリクションを使うことが多い理由だ。

 そもそも商印校正では、赤字より鉛筆でギモン出しをすることの方が多い。明らかな誤字脱字でも、原稿通りならギモン出し。時には赤字は一切禁止という現場もある。「お客様(=商業印刷物を作りたい会社)が絶対なので、原稿通りならお客様の了解なしに勝手に赤字を入れて修正してはいけない」というのが、商印校正の基本的なルールなのである。

 

※商印校正の仕事は多種多様なので、「誤字脱字があれば(原稿通りでも)積極的に赤字を入れてほしい」という現場もある。いずれにせよ、クライアントの指示や要望、ハウスルール等に従うのが肝要である。

3年目

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 本日をもって商印校正者生活3年目に入りました。人の入れ替わりが激しい世界で、よく自分がここまでやってこれたと思います。とはいえ、一寸先は闇。「印刷事故をゼロにする」ということを常に肝に銘じて明日からまた仕事をしていきます。

『より少ない生き方』 (読書感想文) 

雑記

 「ミニマリズム」という言葉が流行りだしたころ、部屋には何もないような人たちがTVで取り上げられていた記憶がある。俺は『シンプルに生きる』という本を数年前に読んでいたのでそういう思想に興味はあったが、そのTVに映し出されたミニマリズムへのコレジャナイ感は半端なかった。

 一方で、この本で取り上げられるミニマリズムはそのような極端なものではない。あくまで無駄なものを捨てて、自分にとって本当に必要で大切なものだけに囲まれて生きる、という意味である。また、「自分にとって本当に必要で大切なもの」を選ぶ前に人生の目標を決めるという課題が出される。それを定めることで、ものを選別する基準の一つにしていくというわけだ。「人生の目標を定め、それに沿ってものを選別する。その結果、日々の行動が洗練されて人生が豊かになる」、それがミニマリズムの目的だという。

 

 ページ数は多いが、主張は簡潔で分かりやすく読みやすい。俺にとっては、新年いきなりの当たり本。

2016年を振り返る

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 校正者として2年目の今年は、建材のカタログ校正から幕を開けた。連日帰宅は深夜になるような、1年目とは比べ物にならないほど忙しい毎日。気力は限界に達したが、なんとか乗り切った。

 それが終わるとすぐ、旅行パンフの校正に入った。旅行パンフの仕事は、商印校正の中で最も校正者が嫌がる仕事らしい。案の定、複雑なルールと絶対にミスができないプレッシャーに苦しめられた。この案件もまた連日長時間の残業が続き、いよいよ心が折れた。

 それからなんとか復活し、今に至る。幸い長期間休むことはなく、年末を迎えることができた。ちょっとした挫折もあったが、年明けから仕事が無くなるということはなさそうなのでとりあえず良しとしよう。体力や気力が安定するのは、まだ先な気がするけど。

校正≠添削

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い エディタースクールでの初授業の時、一人ひとりが自己紹介をした。俺は校正者を目指したきっかけが、添削のバイトであるということを言った。すると、すかさず菅原先生が「校正と添削は違う。校正者が原稿を勝手に直すことはあり得ない」と仰った。校正者を目指す人の性格として、直したがりだったり完璧主義だったり、もっと言えば独善的な面があることを知っていたのだろう。そのご指摘通り、俺は校正を添削のようなものと思っていたことは事実であった。菅原先生から賜ったその金言は、在学中から現在まで常々心に留めている。ただ、一度だけほぼ添削のような仕事があったことは付け加えておく。商印校正の扱う対象は広いので、そういうこともあるのだ。

校正と校閲の違い

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 例えば、以下のような手書きの原稿があったとします。

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 この原稿を見ながら、DTPオペレーター(デザイナー)がその通りに入力します。それを印刷したものを、「ゲラ」や「校正紙」などと呼びます(以下、イメージ)。

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 「校正」という作業ならば、この両者がイコールかを1字ずつ確認します(内容は気に留めない)。「校閲」という作業ならば、イングヴェイ・マルムスティーンというギタリストが本当に存在するのか、本当に王者と呼ばれているのか、その事実を確認します。「校正」と「校閲」の違いは、簡単に言えばそういうことです。

 

 ※1ヶ所、ありがちな間違いを入れてみました

 

 

 

 

 

挿入の校正記号

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 他人のゲラを見ると、挿入の校正記号の書き方は二通りあることに気付く。一つ目はこれ。

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 入れる文字を全て、しっかりと囲む書き方。エディタースクールでは、この形で教わる。ただ、スクールでは引き出し線の先の二股は付けていない。個人的には、挿入の意味が明確になると思うので付けている。

 

 二つ目。

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 文字をあまり囲まない書き方。これのメリットは、早く書けることである。しかし、引き出し線と囲み線が離れると「(貝に」と見えてしまい、「私は(貝になりたい」と直ってくる可能性がある(実際にそういうことがあった)。

 

 校正記号は、人それぞれ書き方に癖があって意外と奥が深い。そういうことも、今後書いていこうと思う。