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猫麿の校正/ギター日記

仕事(校正業)、趣味のギターについての日記。

事故事例

 先日、某機器メーカーのカタログにおいて印刷事故がありました。商品画像の一部が欠けたまま製本されてしまい、刷り直しに。修正前後を見比べてみましたが、見事に違和感なく欠けている。正直、気付くのはかなり難しいミスでした。とはいえ、最も気付くチャンスがあったのは校正者のアオリ校正の時でしょう。

 例え誤字脱字が0(ゼロ)でも、カタログの「顔」である商品画像に問題があれば、即刷り直しになるのが商印校正の痛いところです。文字に強い校正者というのは当たり前ですが、その意味では画像に強い校正者というのも商印校正の現場では求められています。

うp


本日ハ晴天ナリ/Do As Infinity Guitar Cover

 

 この前セッションのために覚えた曲。最近はほぼ毎日ギターを弾いているせいか、フォーム等だいぶ改善してきたかと思います。やっぱり、毎日弾かないとダメだと痛感しました。

フリクションと商印校正

 エディタースクールでは、講師から「フリクションは禁止」と言われていた。理由は明快で、「鉛筆書きを消したときに一緒に消えてしまうかもしれないから」ということだった。

 ところが、現在仕事で使う赤ペンはほぼフリクションである。ゲルインキの赤ペンを使うのは、「フリクション禁止」と言われたとき(滅多にない)やこちらで消せないペンで書いた方がいいと判断したときだけである。むしろ、「赤字はフリクションでお願いします」と言われたときの方が多い。 

 なぜこういうことになるのか。その要因は恐らく、商印校正の仕事の流れにある。商印校正においては、商業印刷物(カタログ等)を作りたい会社が印刷会社等に編集を発注し、更に印刷会社等の発注で制作会社が組版を行い校正会社が校正を行うというのが大まかな仕事の流れである。つまり、校正者が入れた赤字は、まず印刷会社等の編集担当者(ディレクター)によって妥当かを判断されるのだ。もし妥当ではない赤字があれば、それは消してから先方に提出する必要がある。これこそが、商印校正ではフリクションを使うことが多い理由だ。

 そもそも商印校正では、赤字より鉛筆でギモン出しをすることの方が多い。明らかな誤字脱字でも、原稿通りならギモン出し。時には赤字は一切禁止という現場もある。「お客様(=商業印刷物を作りたい会社)が絶対なので、原稿通りならお客様の了解なしに勝手に赤字を入れて修正してはいけない」というのが、商印校正の基本的なルールなのである。

 

※商印校正の仕事は多種多様なので、「誤字脱字があれば(原稿通りでも)積極的に赤字を入れてほしい」という現場もある。いずれにせよ、クライアントの指示や要望、ハウスルール等に従うのが肝要である。

3年目

 本日をもって商印校正者生活3年目に入りました。人の入れ替わりが激しい世界で、よく自分がここまでやってこれたと思います。とはいえ、一寸先は闇。「印刷事故をゼロにする」ということを常に肝に銘じて明日からまた仕事をしていきます。

『より少ない生き方』 (読書感想文) 

 「ミニマリズム」という言葉が流行りだしたころ、部屋には何もないような人たちがTVで取り上げられていた記憶がある。俺は『シンプルに生きる』という本を数年前に読んでいたのでそういう思想に興味はあったが、そのTVに映し出されたミニマリズムへのコレジャナイ感は半端なかった。

 一方で、この本で取り上げられるミニマリズムはそのような極端なものではない。あくまで無駄なものを捨てて、自分にとって本当に必要で大切なものだけに囲まれて生きる、という意味である。また、「自分にとって本当に必要で大切なもの」を選ぶ前に人生の目標を決めるという課題が出される。それを定めることで、ものを選別する基準の一つにしていくというわけだ。「人生の目標を定め、それに沿ってものを選別する。その結果、日々の行動が洗練されて人生が豊かになる」、それがミニマリズムの目的だという。

 

 ページ数は多いが、主張は簡潔で分かりやすく読みやすい。俺にとっては、新年いきなりの当たり本。

2016年を振り返る

 校正者として2年目の今年は、建材のカタログ校正から幕を開けた。連日帰宅は深夜になるような、1年目とは比べ物にならないほど忙しい毎日。気力は限界に達したが、なんとか乗り切った。

 それが終わるとすぐ、旅行パンフの校正に入った。旅行パンフの仕事は、商印校正の中で最も校正者が嫌がる仕事らしい。案の定、複雑なルールと絶対にミスができないプレッシャーに苦しめられた。この案件もまた連日長時間の残業が続き、いよいよ心が折れた。

 それからなんとか復活し、今に至る。幸い長期間休むことはなく、年末を迎えることができた。ちょっとした挫折もあったが、年明けから仕事が無くなるということはなさそうなのでとりあえず良しとしよう。体力や気力が安定するのは、まだ先な気がするけど。

校正≠添削

い エディタースクールでの初授業の時、一人ひとりが自己紹介をした。俺は校正者を目指したきっかけが、添削のバイトであるということを言った。すると、すかさず菅原先生が「校正と添削は違う。校正者が原稿を勝手に直すことはあり得ない」と仰った。校正者を目指す人の性格として、直したがりだったり完璧主義だったり、もっと言えば独善的な面があることを知っていたのだろう。そのご指摘通り、俺は校正を添削のようなものと思っていたことは事実であった。菅原先生から賜ったその金言は、在学中から現在まで常々心に留めている。ただ、一度だけほぼ添削のような仕事があったことは付け加えておく。商印校正の扱う対象は広いので、そういうこともあるのだ。